「才能の塊(カタマリ)を目の前にしたとき、
決まって、足がすくむんだ。」
ある火曜日の午後、
蛙は『焙煎珈琲店スギモト』のカウンターでボソリと呟いた。
「彼の絵を初めて見たとき、
僕は絵を描くことを諦めた・・・。」
「彼の歌を初めて聴いたとき、
僕はしばらく歌を口ずさむことすらしなくなった・・・。」
「彼と話してみたいと思うのに、いざそうなると、上手く話せない。
彼は僕のことを、とても哀しそうな目で見るんだ。
そして、とても寂しそうに薄く微笑むんだ。
そのたびに僕は消えてしまいたくなる・・・のさ。」
顔中に深い皺をいっぱい刻んだ初老の店主は、
何も言わず、蛙の話に耳を傾け、
引き立てのニューギニアの珈琲豆で
丁寧にいれた一杯をそっと差し出した。
「言いたいことはそれだけかい?」
スギモト氏のいれてくれる珈琲は
蛙にとって大切な安定剤のようなものだった。
それは、とてもさりげなく、少しだけほろ苦く蛙の心を満たす。
「なあ、蛙。
みんないっしょさ。み〜んないっしょ・・・。」
ミンナイッショ・・・。
蛙は自分の心がフワリと軽くなるのを感じた。
引き立ての珈琲豆の匂いで充満している音のない静かな店内。
初老の男と悩み多き青年がカウンターに向かい合う。
そして、
聞こえてくるのはフツフツフツフツと、
ポットでお湯が沸騰する音だけ。