〜ひらめきの花器〜

「この花には、ニヤナギのバスケットが一番素敵だわ、きっと。」

彼女の専門はボタニカルアートだった。
中でも、
彼女が描くヒヤシンスは素晴らしかった。

彼女はいつも教室に来る道すがら、
目に付いた草花を摘んできては、
あくまでも、
『ひらめきの花器』に飾り、
それらを、繰り返しスケッチしていた。

彼女はデッサンの講師として、
蛙の前に現れた。

それは蛙がまだ十代の頃、
真剣に絵について学ぼうと思ったときの出来事だった。

彼女はいつも後頭部に鳥の巣みたいな寝癖をつくり、
胸のあいた男物のブカブカしたニットを引っ掛け、
細身のパンツに、
足元は決まって履き古したコンバースというスタイルだった。

どこから見てもマニッシュな風貌だったけれど、
白く細長い首元に存在する美しい鎖骨と、
『ひらめきの花器』に飾られた花々は、
果てしなく、女性的で儚げだった。

彼女は時々、二粒の真っ白な錠剤を飲んでいた。
「どうしようもなくやりきれなくて、
 消えてしまいたくなったときに飲むクスリ。」
そう話しながら、悲しげに微笑んでいた。

彼女は蛙よりも随分、大人で、
左手の薬指には細くて銀色の指輪があった。

そして、
『ニヤナギ』を『煮柳』だということを蛙が理解したのは、
ずっとずっと後のことだった。

レモネードの空き瓶。
ヒビの入ったフラスコ。
子供用の真っ赤な長靴。
かりんとうの入っていたオレンジ色の空き缶。
急須。
逆さまにした麦わら帽子。

蛙の初恋の想い出には、
彼女の『ひらめきの花器』たちが、
片隅で笑っている。