〜ワイゼンボーン〜

その甘い音色はギターとは少し違っていた。
そしてその風貌もまた、
ギターのそれとは少し違っていた。

地中海でくつろぐ女性の裸体のような・・・、
でっぷりとした、触り心地の良さそうな曲線。

スーッと鼻筋が通り、優しい目をした青年は、
とても白い肌をしてきれいな声の持ち主だった。

♪三条へ行かなくっちゃ
 三条堺町のイノダっていう珈琲屋へね
 あの娘に逢いに
 なに、好きな珈琲を少しばかり♪

もう他界してしまった古いフォークシンガーの曲を奏でながら、
ハワイ生まれだというその楽器を、
愛おしそうに爪弾いていた。

ようやく梅雨が明けそうな夏のはじまり。
ふらりと海辺を散歩している途中で出逢った若い歌い手と甘い音色。

「ワイゼンボーン。」
とサラが呟く。

「わ・い・ぜ・ん・ぼーん・・・。」
初めて耳にするその響きがとても心地よくて、
蛙は心の中で何度もそう呟く。

ふと空を見上げると、
真っ赤な満月が揺れていた。