〜ストローハット〜

その村のはずれにある『サカナ屋』という酒屋には、
初老の夫婦が暮らしている。
サカナさんと、その妻であるマダム・サカナは無類の骨董好きで、
店には[売り物のお酒]とほぼ同じだけの
[売り物ではない骨董]が陳列されていた。
蛙はお酒が飲めないけれど、
毎週木曜日の夜『サカナ屋』に行くのが日課だった。
そこには、創刊当時の『太陽』や『銀花』が揃っていて、
蛙はいつも、
それを一冊ずつ借りに行きながら、
サカナ夫妻と、なんてことはない世間話をするのが楽しみだった。
先週、
マダム・サカナは蛙が無類の帽子好きだということを知り、
昔々その昔、アメリカ旅行で手に入れたという、
古いストローハットを蛙に贈った。
その古いストローハットは飴色に日焼けしていて、
真っ黒く太いリボンが、ぐるりと一周していた。
「きっとアーミシュの人たちのものだったのよ。
 貴方の暮らしは、
 この国で一番彼らの暮らしに近いと思うわ。
 だから差し上げるの。」
とマダム・サカナは蛙に話した。

小屋に帰ると、
蛙は白い壁にそのストローハットを飾り、
来る日も来る日も、それを眺めてはうっとりした。

今朝、
目が覚めて、
いつものように熱い珈琲を入れるために薬缶を火にかけ、
いつものようにトーストに塗るバターをとかし、
いつものように壁のストローハットに目をやると、
それは、
いつものようなストローハットではなくて、
薄紫色の紫陽花の花が飾ってあった。
一瞬、蛙は戸惑ったけれども、
それはそれで美しく、
そのストローハットにはとてもよく似合っていた。
「サラの仕業だな・・・。」
蛙は熱い珈琲を飲みながら、
くすりと呟いた。